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日本SFの草創期に作家デビューし、一方で「エイトマン」「鉄腕アトム」「スーパージェッター」などのSFアニメ脚本家としても活躍した著者による、貴重な回顧録。若き日の平井和正や、手塚治虫らのエピソードが満載です。 1976年〜、今はなき「奇想天外」誌に連載されたエッセイ集。 ●目次 プロローグ 苦闘の時代 第一章 模倣の時代 第二章 未曾有の時代 第三章 映像の時代 第四章 翻訳の時代 第五章 番外編 第六章 創作の時代 あとがき ●立ち読み プロローグ 苦闘の時代 まずプロローグです。なぜ、こんな文章を書きはじめるのかということを、まえもってよく説明しておかなければなりません。 「あなたもSF作家になれるわけではない」と銘打つからには、以下の点について、あらかじめ、ことわっておかないわけにはいきません。はたして、SF作家になる必要があるのか? また、SF作家になりたいという人が、いるのかどうか? この二点から始めることにしましょう。 もし、SF作家になる必要があるとしたら――つまり、もっと噛みくだいて言ってしまうと、SF作家になると、なにか、いいことがあるのかどうか、ということを具体的に述べておかなければ、SF作家になりたいなどという人が現われることは、金輪際ありっこはありません。SF作家になれるかどうかということは、その次の問題です。 ぼくが、SFを書きはじめた頃のことです。年がばれてしまいますから、とりあえず十数年前ということにしておきます。自称SF作家某が、どこそこで女を強姦し――という記事が、アメリカの新聞に紹介されていたのを、なにかで読んだことがあります。そうしてみると、当時はアメリカですら、SF作家という人種は、なんとなく胡散くさい、ヒッピーまがいの連中だと、思われていたにちがいありません。 日本でも、SF作家の地位(ステータス)は、最近まで、きわめて低いものでした。世間では、士農工商SF作家、ということも言われていました。つまり身分秩序から言うと、最下位にしかランクされなかったわけです。 また、故福島正実氏によれば、ある女性編集者から、SFというのはポルノのようなものだと思っていたという告白を受け、怒髪天を衝くような勢いで、怒りくるったことがあるそうです。ついでだから説明しておきますが、当時のポルノグラフというニュアンスは、人畜無害の日活ポルノとは違って、合法的に発表できない猥褻物という、本来の意味で使われていたのです。そういうわけで、当時のSFが、世間からいかに、いかがわしいものと思われていたかということが、よく判るのであります。 その頃、SF作家たちは、世間の白い眼と無理解から身を守るため、身を寄せあうようにして、かたまっていたものでした。その習性が今でも脱けきれないらしく、推理作家の某氏(特に名を秘す)から、「SF作家は、メダカの群のようだ」と言われたりするわけです。ぼくに言わせれば某氏にあえて訂正を求めたいのです。体重自称八十五キロ(推定値九十五キロ)の小松左京氏が、なぜメダカなのか? 身長百八十五センチの田中光二氏、百九十センチの鏡明氏が、なぜメダカなのか? そこのところが説明されないかぎり、某氏の比喩は、まったく成立しなくなってしまうのです。 しかしながら、そのころ、ぼくたちSF作家は、戦々兢々としていました。そのうち、公園の立札に「SF作家と犬、入るべからず」と出るかもしれません。あるいは、サウナ風呂の掲示に「泥酔した方、刺青をした方、あるいはSF作家の方には、入場をお断りする場合があります」と書かれるかもしれません。 いや、それどころか、SF作家を差別してくださる方は、すくなくともSFとは何かということを承知しているだけ、ありがたい存在でした。SFと言っても、そのころは、誰にも通じませんでした。ある人は、スフ――ステープル・ファイバーの略だと思います。ちなみに、いまでは、スフ――人造絹糸という単語のほうが、すでに死語になっているくらいですから、隔世の感にたえません。また、ある人は、新製品普及会の意味だと、とってしまいます。新聞にSF倒産という記事が載ったのも、それほど昔のことではありません。さらに、ある人は、サービス・ファクトリーのことだと思います。ぼくも、その社の自動車を愛用していたので、あまり悪口も言いたくありませんが、SF――つまりサービス工場には、何度も通いました。こららに言わせれば、SFなどというところで、愛車を整備してもらうと、配線がメビウスの輪になっていたり、シリンダーがクラインの壺になっていたりしそうで、なんとなく薄気味わるかったのですが、べつだん、そんなことはありませんでした。 しかし、SFを、この種の名称と誤解してくれる人は、まだしも理解のあるほうでした。ある出版社の社長は、自他ともに許す角力(すもう)ファンで、角力のタニマチにはなっても、SF作家は生かさず殺さずという方針をつらぬいてきました。おそらく、その社長は、SF雑誌というのを「せ(S)きとり&ふ(F)んどしかつぎ、雑誌」というふうに理解していたのでしょう。もっと酷いのがあります。ぼくの行きつけの下北沢の本屋さんでも、つい最近まで、SF雑誌は、『SMマガジン』の隣りにおいてありました。そのSF雑誌を買いに行くと、かねてから美人だと思って、目をつけていた顔見知りの女の子が、「SF雑誌はまだですが、SM雑誌は、もう出ていますよ」と言うのです。せっかく、デートに誘おうと思っていたのに、まったく幻滅でした。 アイタタ!(今のは、悲鳴である。ここまで書いて、筆をおいたところ、うちのワイフが、書きかけの原稿を盗み読みして、「あなたがS書店のHさんと浮気しようとしていたとは思わなかったわ」と言って、ぼくの尻をつねりあげたため発せられた悲鳴である)。 ともかく、アイタタ(尻の痛み)、SFというのは、SM(サディズム&マゾヒズム)とまちがわれていたのです。 なにしろ、昼日中、うちにいる職業ですから、近所の人たちから、怪しく思われます。ひょっとしたら、夜中に泥棒でもしているのではないかと、疑われたりします。しかし、SF作家とは名のれません。泥棒なら、ちゃんとした正業ですが、SF作家というのは、泥棒以下の社会的地位しかありません。 「今日は、会社、お休みですか?」 「ええ、まあ」 「そういえば、きのうも、おとといもお宅にいましたね。そんなに会社を休んで、大丈夫ですか?」 「いえ、会社勤めをしているわけではありません。自由業で、ものを書いています」 「はあ、ものを書いていらっしゃる。すると、作家ですか?」 「ええ、まあ」 「なにを書いているんですか?」 「はい、エ(SFと言いかけて、やめる)、いや、人類の未来を書いています」 「はあ、人類の未来ねえ」 隣人たちとの会話は、そこでシラけてしまうわけです。 まわりの反応が、すべて、そんなふうですから、自称SF作家たるものは、ますます意固地になりました。それなら、いっそのこと、誰にも判らない小説を書いてやろう。これこそ、本格SFというのを書けば、判る奴は判ってくれるにちがいないと、開きなおったわけです。 ぼく自身の経験でも、いくつかの傑作のエピソードを紹介できます。 平井和正さんと「エイトマン」のシナリオを書いていたころです。判らない人がいるといけませんから、親切に説明しておきますと、「エイトマン」というのは、平井さん原作のSF漫画で、のちにテレビ化されることになり、筆者もシナリオを手伝うことになったのです。 「エイトマン」は、まぎれもなくSFです。これは、定義にこだわるまでもなく、判るはずです。 したがって、テレビのシナリオにも、いろいろなSF的アイデアが、盛りこまれました。平井さんといっしょに仕事をしていると、おたがいカッと来やすい性質ですから、つかみあい寸前という場面が何度もありました。 豊 「ここで、サイボーグを出すことで、絵になると思うんだが」 平 「まずいな、そんなとこで、安易にサイボーグなんか、出すなよ」 豊 「なにが安易なんだよ」 平 「もっと、小道具を、大事にしようぜ。もともと、エイトマンだって、NASAで開発されたスーパー・ロボットだっていう、根拠づけがあるからこそ、リアリティがでてくるんだ。安易にサイボーグを出すと、話がチャチくなるんだよ」 豊 「あんた、おれのプロットを、チャチいって言うのかよ?」 平 「ここで、サイボーグを出せば、そうなるって、言っただけだ。文句があるのかよ?」 豊 「ひとのプロットにケチをつけておいて、文句があるのかとは、なんだよ?」 平 「なんだとは、なんだよ?」 そこで、二人とも、座を蹴って立ちあがりました。数年来の友情も、もはや、これまでかというとき、なにげなしに、二人とも、そばでおろおろしているプロデューサーのメモに、目をやりました。 (続きは製品版でどうぞ)
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