e文庫


サイボーグ・ブルース   サイボーグ・ブルース
著者:平井和正

イラスト:余湖裕輝
定価500円
TTZ版:288KB、PDF版:773KB

「英雄(ヒーロー)を必要とする年ごろの少年ならいざ知らず、みずから好んで完全サイボーグになりたがる人間はいない」――機械の棺桶に閉じ込められた男の苦悩と高貴な魂を描いた、平井和正初期のハードボイルド作品の大傑作!

 汚職を知られた同僚警官の闇討ちに遭い、熱線銃の六〇万度の炎のシャワーを浴びた黒人刑事アーネスト・ライトは、ハイ・ポリスチールの骨格に身を包み、電子加速能力を備える超人、“サイボーグ特捜官”として甦った。
 だが、生身の肉体を喪い、性の快楽も飲食の喜びも奪い取られた彼は、かつての恋人・フウオングとの再会も果たせず、憎しみと怨念を唯一の拠り所とするしかなかったのだ。
 死による安息すらままならない鋼鉄の棺桶に閉じ込められたアーネスト・ライトに、真の安らぎは訪れるのか?

 エイトマンへの鎮魂歌として書かれた本書は、当時のSF界でも高い評価を得て、その後「エイトマン」と併せて米ハリウッド映画「ロボコップ」の元ネタになったとも言われている。
 感情表現を抑えた乾いた文体は、さながら米国ハードボイルド小説の翻訳書を読んでいるかのよう。その重苦しいテーマに対して、不思議な透明感を持っており、読後の印象は鮮烈だ。
 非平井和正ファンからの評価も高く、「平井和正はサイボーグ・ブルースのような作品をずっと書いてほしい」という声が、今も聞こえてくるほど。
 月光魔術團でしか平井和正を知らない新しい読者の方々にも、ぜひ読んでいただきたい。

 今回、e文庫で復刊するにあたって、カバーイラストは、「サイボーグ・ブルース」の大ファンを自認する余湖裕輝先生に描き下ろしていただいた。
 従来の印象を覆すアメコミ調のタッチが、本書のもうひとつの側面を鋭く衝いている。
 本書の電子加速状態における時間の遅延感覚のリアルな描写を憶えている読者は、映画「マトリックス」の有名なあのシーンを見た瞬間に、思わず「やられたぁ!」と叫んでしまったに違いない。

 また、巻末には早川書房による最初の単行本に掲載された有名な作者あとがき「エイトマンへの鎮魂歌」と、リム出版の平井和正全集巻末に掲載された作者インタビュー「平井和正自作を語る『機械の棺桶に閉じ込められて』」を収録した。
 特に後者では、連載中断当時の漫画「8マン」の続編の構想が明かされており、「8マン」ファンには必見の内容だ。


●目次
第一章 ブラック・モンスター
第二章 サイボーグ・ブルース
暗闇への間奏曲
第三章 ダーク・パワー
第四章 シンジケート・マン
第五章 ゴースト・イメージ

エイトマンヘの鎮魂歌〈1971年12月 「サイボーグ・ブルース」(早川書房)あとがき〉
平井和正自作を語る『機械の棺桶に閉じ込められて』〈1991年9月 「サイボーグ・ブルース」(リム出版)より〉


●立ち読み
第一章 ブラック・モンスター

 警察のイオノクラフトが、サイレンの金切声で大気にひびをいれながら、背後から追いせまってきた。むろん、一般市民はこの怒声を耳にしたら、すなおに恭順の意を表わさねばならない。さもないと厄介なことになる――お巡りのいやな面(つら)をたっぷり拝まされることになるし、けんつくを食わされるばかりか、尾をひくごたごたを覚悟しなければならない。もちろん、自身が大金持であるか、あるいは市政に権勢をはる人物のコネがあるというなら、話はべつだ。この場合は、お巡りのほうで恐れいって愛想笑いを浮かべながら、フロント・グラスをみがいてくれるだろう。相手は公僕であり、すでにたっぷりチップをはずんでいるからだ。
 私の場合は、いささかそれと事情はことなっていたが、ほかの市民のようにおとなしく進路をゆずってやる気にはなれなかった。
 私は反対に車の速度をあげて、追いぬこうとする警察車の鼻面をおさえ、故意に妨害行為にでた。かんかんに怒った警官が、私に停止命令をくだすようにしむけたのだ。
 私は命令にしたがって、車を道路のはしに寄せて停め、そしらぬ顔で待っていた。警察車を降りた制服警官が、物騒な表情を浮かべてやってきた。底意地の悪そうなみっともない面がまえを一目見るだけで、そいつが根性まがりの嫌われ者だとわかった。制服警官はいきなり居丈高にわめきちらした。
「なんのつもりだ、このやろう。ふざけたまねをしやがって、ただですむと思っているのか」
 たいへんな剣幕だった。私の皮膚のいろがそいつを気強くさせたのだ。よその州のナンバーをつけた車に乗っているくろんぼなどに気を使うことはないとたかをくくっていた。
「さあ、なんのつもりだろうかね?」
 私は警察車に顎をしゃくった。
「車のなかの連中はなにをしたんだ? きみの顔の悪口でもいったのか? 市民が見ているところで、容疑者を殴るもんじゃない。たとえ、しょうしょう腹に据えかねるようなことをいわれたとしてもだ」
「車を降りろ」
 そいつはすごい声でいった。
「道交法違反と公務執行妨害罪だ。市警本部へ連行する」
「いいとも。連行してもらおう」
「車から降りろといってるんだ。どうやら痛い目にあいたいようだな」
 そいつは、毛むくじゃらのみにくい手の甲を見せて腕を伸ばし、私の胸ぐらをつかんで、路面にしゃにむにひきずり落そうとした。私を一センチほど動かすには、車ごとひき寄せなければならなかったろう。制服警官の顔はレンガのいろに染まった。
「きみにはむりだ。車で待ってる相棒を呼んだらどうだ。もっとも、あまり気のりがしないらしいがな」
「あいつは気がちいさいんだ……」
 制服警官は荒いいきをついていた。
「だが、このおれはちがうぜ。どこの馬の骨ともわからないくろのごろつきになめられてひっこんでいられるか。覚悟していろよ」
「ニグロがきらいらしいな」
 私はおちつきはらっていった。
「機会を狙っていたんだろう? その顔を見ればわかる。字がかいてあるんだ」
「その通りさ、くろんぼう。暗い路地であえばよかったぜ、そうすりゃ殺してやれたんだ」
 そいつは一挙動で腰のサックから、制式麻痺銃をひきぬき、私の顔におしつけた。なかなか鮮やかな手ぎわといってもよかった。
「きょうのところは、こいつで勘弁してやる。はなはだ不本意ながらな」
 そこですごみのあるこごえでしゃべると、にわかに声をはりあげた。
「抵抗するかっ、きさまっ」
 生身の人間が麻痺銃の一撃を食らうと、まず四、五時間は死体同然となる。神経がいかれてしまうのだ。麻痺からの回復するときの痛さもまた格別だ。針を十万本ほど吹きつけられたような気がする。どんな気丈な人間も泣き叫ぶのだ。拷問とたいしてかわらない。
 この制服警官は、まぎれもないサディストだった。にやりと残忍な笑顔になると、麻痺銃を発射した。
 私の反応は、彼の予想を大きく裏切った。スイッチを切られたように、ぐんにゃりなるはずの私が、平然と笑いかえしたからだ。
 制服警官の顔が信じられない驚愕にゆがんだ。
「麻痺銃が故障したわけじゃない」
 私は教えてやった。
「私をぶっ倒したかったら、熱線銃かハンド・ミサイルを持ってこい。ついでに戦車にでも乗ってくるがいい」
 私は認識プレートをとりだして、そいつの鼻面によく見えるようにかざしてみせた。
「サイボーグ特捜官!」
 ぱちんと豆のさやがはじけるように、警官の灰色の眼玉がとびだしてきた。みるみる高圧的な態度が消え失せた。タイヤがバーストするのといっしょだった。
「さて、お望み通り、市警本部へいこうじゃないか」
 もちろん、私のとった態度はあやまっていた。サイボーグ特捜官は、むやみに身分を明かしてはならないきまりがある。秘密任務の支障をきたす恐れがないとはいえないからだ。
 しかし、私はこういう手合いほど嫌いなものはなかった。職権をかさに着て、やたらに威ばりちらし、警察の評判をせっせと落してまわっているのが、こういった制服を着たごろつきなのだ。

 私は制服のごろつきを、市警ビルの署長室へひっぱってゆき、署長の面前でたっぷりあぶらを絞ってやった。こういうことは滅多にやらないのだが、警官に化けたサディストの存在を黙過するわけにはいかなかった。放免してやったときの制服警官は、石のようにしゃちほこばり、紙のような顔色になっていた。眼は刃物みたいに白かった。腹の底から私を憎悪していたにちがいない。
 署長は終始、苦虫を噛みつぶしたような顔をしていた。他所者の特捜官に、自分の部下の非をつつきまわされて、いい気持でいられるはずがない。連邦警察の特捜官は、いってみれば公儀隠密みたいな存在だ。
 署長がどんな顔をしようが、私はいっこうに平気だった。煙たがられるのも、私の仕事の一部である。
「ここはいい市(まち)です。気候もいいし、風景も美しい。市民は穏和で、みなこの市(まち)に住むことに心から満足しています。ゆたかに富んでいるから、不満もないし、したがってもめごともおこらない。法律を破る人間がいないとはいわないが、それもごくわずかです。ほかのどんな都市にくらべても、そういえます」
 署長は、手入れのゆきとどいた、ぽってりした指をしきりに動かしながら、かんだかい声でいった。彼は警察官のようには見えなかった。おそろしくぜいたくな身なりをし、メガロポリス中央警察の総監のオフィスよりもりっぱな部屋におさまっていた。事業の隆盛ぶりに満足しきっているビジネスマンのようだった。このりっぱな美しい市(まち)に、私ごとき下賤なニグロがやってきたことが不審でたまらないという口ぶりだった。
「たしかに美しいところですな」
 私は否定しなかった。だが、すべての市民が、毛で突いたほども非難すべき余地のない尊敬すべき人間ぞろいだなどというご託宣を信じこむ義理もなかった。署長の赤ん坊じみたピンク色のつやつやした顔にはだまされなかった。
「だが、悲しいことに、私はそんなことに興味はないんです。人間の不浄な面だけが気になるというだけで、そんなことより、制服のごろつきにいたぶられていた市民の話をしようじゃありませんか」
 署長の無邪気そうな顔がくもった。きずついたような悲しげな眼つきをした。私の胸はいっこうに痛まなかった。
 制服のごろつきが警察車のなかではりとばしていたのは、ジュンとレイというふたりのハイティーンだった。このふたりは、べつに犯罪容疑者としてひっぱられていたわけではなかった。その申したてによれば、彼らは殺人事件の目撃者なのだが、偽証というかどで、精神測定にかけられようとしていたのである。
 精神測定とは、俗にいう〈脳みそゆすり〉で、嘘発見機と洗脳技術が合体して怪物化したものだ。こいつにかかると、否応なしに心の内容を洗いざらいあばきだされてしまう。かりにも警察に協力したことの返礼としては、まったく恩知らずなふるまいだ。
 例のごろつきの申したてでは、このふたりのハイティーンは、まったく信用できぬうそつきであり、悪どいいたずらをはかったというのだった。根も葉もないでたらめを主張し、警察の公務を妨害しようとしたという。
 むろん、〈脳みそゆすり〉にかけるといったのはおどかしであり、悪どい若造をとっちめるための方便であった。警察をなめるとろくなことにならないと、こっぴどく思い知らせてやろうとしたのだ。
 私が、思うところあって、ふたりの目撃したという殺人事件を手がけたいと申し出ると、署長はひどく驚いた。
「特捜官ともあろうものが、たかが子どものでっちあげたいたずらに首をつっこむというのですか」
 署長の声はさらにかんだかくうわずった。
「まさか、本気ではないでしょうね」
「私にはユーモアの感覚が欠けていましてね。むろん、本気ですよ」
「しかし、あなた……その子どもたちは、故意にうそをついたのではないかもしれません。ヤクを呑んだあげく、頭がおかしくなって幻覚を見たんでしょう。この州では、幻覚剤や夢想剤のたぐいが合法化されているので、若い連中には常用者が多いのです。ちょくちょくあるんですよ、こういったばか騒ぎが……宇宙人と会見したとか、超能力(イーエスピー)の実験に成功したとかいって。ともかく、殺人がおこなわれたという証拠はなにひとつないのですよ」
 署長は当惑しきっていた。
「しらべてみればわかることです。この事件は私がひき受けます。かまわんでしょうな。異議をお申したてになるんでしたら、連邦警察のブリュースター長官のほうへどうぞ……」
「いやいや、とんでもない! よろしいでしょう、お好きなように。便宜をはからないとはいいませんよ。しかし、いわせていただけるなら、あなたのその特別製の身体が夜泣きすることになるんじゃないですかな」
 署長は、ぽってりした手をふりながらいやみをいった。
 私はサイボーグ――内臓や骨格、筋肉の大部分を人工器官にとりかえた改体者なのだ。超人の身体を持つサイボーグ特捜官、といえばきこえがいいが、われわれサイボーグ警官はたいてい死の世界からひきもどされた殉職警官である。ロマンティックな英雄性は、ひとかけらもないのだ。
「事件の卵をだいじにあたためてみますよ。かえしてみれば思いがけない怪物がとびだしてくるかもしれない」
「怪物? それはどういう意味です」
「念を押すまでもないですが、私の身分は伏せておいてください。では」
 私の真意をはかりかねて、思い悩んでいる署長を残し、私は署長室を立ち去った。


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