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横田順彌が新境地を開く、e文庫オリジナル作品集。雑誌掲載の連作短編小説を、e文庫が初めてまとめたアンソロジーです。 ふとした日常の中で、異次元の断層に迷い込んだように出逢う6人の女性との不思議なエピソード。魅力的な女性たちと、さわやかな読後感が印象的な、珠玉の作品集です。 ハチャハチャ&明治SFの“ヨコジュン”しか知らない人も、ぜひ読んでみてください! ●目次 由 希 子 登 志 子 奈 津 子 真 理 子 恵 理 奈 沙 知 子 あとがき ●立ち読み 由 希 子 ぼくが由希子と、はじめて会ったのは、SFファンサークルの例会の席だった。いまから三年前、ぼくが大学四年生、由希子が二年生の時のことだ。 ぼくのSFファン歴は長い。小学校六年の時、学校の図書館で一冊の少年向きSFを読んで感激したのが、そもそもSFにのめりこむきっかけになったのだから、もう十三年になる。 ぼくは、小さい時から凝り性で、なにごとも夢中になると、徹底的にやらなくてはすまないほうだった。だからSFが好きになりだすと、日本作家でも外国作家の作品でも、SFと名がつけば一冊残らず読破した。 むろん親は、そんなぼくを見て心配したが、幸いにしてSFに夢中になってからも、学校の成績が下がることもなかったし、高校、大学と、まあ、それなりのレベルのところに進んだので、SFを読むのを禁止されるということもなかった。もっとも、たとえ禁止されたからといって、ぼくが素直にうんといったかどうかはわからないけれど……。 ただ、ぼくはSFに夢中にはなっても、ファン活動には参加しなかった。性格的に人づきあいのいいほうではないし、同人誌を作ったり、ファン大会を開催するといったマニアックな行動には、あまり興味がなかったのだ。好きなSFを読んでさえいれば、それで満足なファンだった。 ぼくが現代SFではなく、古典SFと呼ばれる作品に興味を持ち出したのは、大学生になってからだ。日本の古典SF――つまり、明治や大正時代のSFの研究書を読んで、そのおもしろさに魅かれたのだ。 ぼくの家は東京から新幹線で二時間ほどの地方都市にあったが、入学した大学が東京だったので、そのころは、せまいアパート暮らしをしていた。その部屋に、色が褪せたり、表紙が破れたりした、明治、大正の本や雑誌が、どんどん積み重ねられていくのを、時折、上京する両親は、ため息をつきながら眺めていたものだ。 ぼくが、あるSFファンサークルに顔を出してみようと思ったのは、大学の四年生になり、就職も内定した夏のある日のことだった。その日は日曜日だったが前日買ったSF雑誌の読者欄を読んでいたら、ぼくのアパートのある隣り町の喫茶店で、結成されたばかりのSFファンサークルの初会合があると書いてあった。 実は、その日、ぼくはバイト先で知り合った女の子と、映画を見にいくことになっていた。ぼくは、あまり女の子と深いつきあいをするのは好きじゃなく、いつも、そんな軽い調子で、手近なところにいる女の子と時を過ごすのが好きだった。 ところが、その日、出かける二時間ほど前になって、その女の子から、都合で、どうしてもいかれなくなったと電話がきたのだ。ぼくは、ぽっかりと空いてしまった時間を、どうしようかと思った。 読む本はいくらでもあったけれど、その時は本を読みたいとも思わなかった。そこで場所も近いし、ぶらりと、そのSFファンサークルの会合に足を向けたのだ。 集まっていたのは五人で、ひとりの高校生を除いて、あとは大学生だった。女性はひとり、それが由希子だった。雑誌で呼びかけをした会長と、もうひとりが顔見知りというだけで、あとは全員が初顔合わせだった。年齢も近かったし初顔合わせだったから、人見知りの激しいぼくも、すんなりと、みんなの話の輪の中に溶けこめ、ずっと昔からの友達のように談笑した。 いまから思えば、その初会合の席で、ぼくはもう、由希子に魅かれていたのだと思う。ちょうど座った席が由希子の向かい側だったこともあるが、なんだか、ぼくは会合のあいだ中、ひたすら由希子を見つめていたような気がする。 由希子は美人ではなかったけれど、小柄で、つぶらな瞳をした、色白の女性だった。よく笑う女の子で、その時も、ずっと微笑を絶やさなかった。ごくふつうのサラリーマン家庭のひとり娘だったが、医師を目指して国立の医科大学に学んでいる医学生だった。 ぼくは、自分が由希子に恋をしているなと気づいたのは、それから三カ月ぐらいたってからだ。サークルの会合は月に二回と決まっていたが、そのころになると、会合の日がくるのが待ちどおしくてならなくなった。由希子に会えるのが、楽しくてたまらないのだ。由希子が都合で出席できなかった時など、ぼくは、ほとんど仲間たちの話を聞いていないほどだった。 そんな、ぼくに対して、由希子はどんな気持ちだったのかはわからない。でも少なくとも、嫌われているような気配もなかった。十一月初めの会合の時だった。ぼくが時間より少し早く喫茶店にいくと、もう由希子がきていた。買物帰りで、早く、ついてしまったのだという。 ぼくと由希子は、ふたりっきりで向かいあった。はじめてのことだった。 「ねえ、由希ちゃん、今度、ふたりで映画見にいかない?」 ぼくは、あたりをはばかるようにして、小声で由希子にいった。ふたりというところに、ほんのちょっとだけ力をいれて、胸をどきどきさせながら。 「いいわよ。明日でも明後日でも」 由希子は例の笑顔で、くったくなく答えた。 「やったね。じゃ、記念に写真を一枚撮ろう」 ぼくは、ちょっぴりおどけて、サークルの仲間を写すために持ってきていたカメラで、由希子の笑顔にシャッターを下ろした。 これが、ぼくと由希子が、個人的なつきあいをするようになるきっかけだった。それから、ぼくたちは、よくデートした。ただサークルのほかのメンバーには、それを気がつかれないようにした。 隠さなければいけないことだとは思わなかったけれど、SFファン活動よりも、個人的な交際に走ってしまったと思われるのはいやだったからだ。 由希子が、はじめてぼくのアパートに遊びにきたのは、最初のデートから一カ月ほどたってからだった。いつものように、映画を観て食事をした後、ぼくのところに寄りたいといったのだ。 「話には聞いていたけど、すごい本の数ね」 由希子は六畳間の三方にびっしりと並べられた本棚と、その本棚に入りきれず、ジュウタンの上にまで積み上げられた古本の山を見て目を丸くした。 「異常だね。若い独身男の部屋じゃないよ。古典SFに取り憑かれちゃったのが、運のつきさ」 ぼくは、コーヒーを入れながら肩をすくめた。 「『海底軍艦』『武侠の日本』『破天荒』『日露未来戦』……。勇ましそうなタイトルの本ばかりね。あら、『戦慄の街』なんて、おもしろそうじゃない。作者は相馬青峯(あおみね)?」 由希子が、明治時代の本を並べてあるコーナーを覗きこみながらいった。 「ああ、それは〔あおみね〕じゃなくて〔せいほう〕と読むんだよ。その『戦慄の街』って本は、未来予測小説なんだ。百年後の東京を舞台にしてるんだよ」 「当たってるの?」 「あんまり当たってないけど、話はおもしろいよ。この人は未来小説ばかり書いていて、当時の冒険作家とは、ちょっと異質だね。それで、ぼくは興味を持って調べてるんだ。コーヒー入れたよ、こたつに入ったら?」 ぼくがいった。 「どういう人なの?」 由希子は、『戦慄の街』を本棚から抜き出して、こたつに足をつっこみながら質問した。 「それが、よくわからないんだ。当時の冒険小説や科学小説作家なんて、ほんの数人を除いて、現在では、まったく評価されていないからね。どの文学事典を見ても、名前すら出ていないよ。羽化仙史なんて人は、二百冊ぐらい著書がある冒険作家だけれど、それでも載っていないからね。六、七冊しか書いていない相馬青峯なんて、名前を知っている人間が、日本中に十人いればいいほうじゃないかな」 ぼくが笑っていった。 「ふーん。ずいぶん寡作なのね」 由希子がいった。 「いや、それがね。二十二歳ぐらいから書きはじめたんだけど、どうも、二十五、六で死んでしまったらしいんだ。大正二年の七月に出た『硝子(ガラス)の海』という作品を最後に、ぴたりと名前が消えてしまうから」 「死んじゃうの……」 「うん。はっきりとは、わからないんだけど、たぶんね。確実な資料が見つからないんだ。でも死んだにしろ、なにか理由があって筆を折ったにしろ、ちょっと、おもしろい作家だね。今度出すことになった同人誌には、この相馬青峯のことを、なにか書いてみるつもりだよ」 ぼくがいった。 「へえ、期待してるわ」 由希子は、そういいながら、本のページを繰った。そして、二、三ページ目に掲載されている人物写真に目を止めた。それは、フロックコートにシルクハットのいでたちの青峯のポートレートだった。 「この人が、相馬青峯?」 「うん」 「髯生やしてるけど、若いんでしょう?」 「明治二十年生まれだから、その時、二十五歳だよ。ぼくより三つ上だ。十歳ぐらい上に見えるだろ」 ぼくは、ちょっと笑っていった。 「明治時代の人って、若いのに風格があるわね。この本、貸してもらえる。読んでみたいの」 由希子がいった。 「いいよ。ほかにも雑誌に載った青峯の作品があるから、貸してあげるよ。でも由希ちゃん、古典SFファンにだけはならないほうがいいよ」 「どうして?」 「若い女の子の古書店通いって、かっこよくないじゃないか」 ぼくが、また笑った。 (続きは製品版でどうぞ)
●あとがき 本書『幻影の女性(ひと)』は、いまはなき官能小説雑誌(小説CLUB)1990年2月号〜1994年5月号に、一話完結スタイルで発表したファンタジー・シリーズです。発表媒体は官能雑誌ですが、ご一読いただければ、お判りのように読者氏の官能をくすぐる部分は、まったくありません。 当時は、当「e文庫」の『脱線!たいむましん奇譚』収録のようなハチャハチャSFを卒業し、新作品傾向として『火星人類の逆襲』(88年5月)を第一作とする〔天狗倶楽部三部作〕(第三部は未完)や、『星影の伝説』(89年11月)の〔鵜沢龍岳・時子シリーズ〕、『幻綺行』(89年7月)の〔中村春吉秘境探検記シリーズ〕などの、いわゆる明治SFに手をそめはじめた時期でした。 〔ハチャハチャSFのヨコジュン〕が〔明治SFのヨコジュン〕と呼び変えられるようになったのも、このころからですが、実はノンSFの『義侠娼婦 風船お玉』(93年5月)、古書をテーマにした「古書奇譚」(90年8月)を第一作とする『古書狩り』(97年3月)など、いくつかの別の新しい傾向の作品にも挑戦していました。 『幻影の女性(ひと)』も、そのひとつで自分では、非常に気にいっているシリーズです。読者氏には「あのヨコジュンが、こんな作品を書くのか?」と、驚いていただきたかったのですが、残念ながら発表時点で単行本化されることはありませんでした。そこで、六篇のうちの二篇については設定を変えて書き直し別シリーズに組み込みましたが、その書き直し作品も現時点では単行本化されておりません。 したがって、この『幻影の女性(ひと)』は、この「e文庫」で、初めて一冊にまとまった、ヨコジュンの記念すべき作品集となります。約十年前の作品ですが、今回、まとめていただくにあたって、あえて背景の執筆年代は修正せず、作品そのものも、ほとんど加筆・削除などしておりません。読者氏に、十年前に書かれた最新作(?)を、ぜひ、お読みいただきたかったからです。 蛇足ながら、この「e文庫」で読まれ、単行本にしてみたいといわれる奇特な出版社がございましたら、どうぞ、ご一報いただければ幸いです。 2001・4・15 横田順彌
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