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角川文庫「狼の紋章」解説角川春樹
六年前、横溝正史さんの原作「犬神家の一族」を映画化しようと企画した折、犬神一族という、決して表面に出ようとしない集団が実在すると知って驚いた。この一族は、全員が霊能者で空中を歩いたり、千里眼であったり、現代人には信じ難い超能力の保持者であるという。ただ、世間とは係りを持たないという掟(おきて)があるようだが、一族の末端から世に出た一人が三菱財閥の創設者、岩崎弥太郎だという話もある。原作によれば、信州財界一の巨頭、犬神財閥の創始者犬神佐兵衛の出生と過去は、全く世間に公表されていない。第一、犬神という妙な姓からして、本当のものかどうか疑わしい、と書かれている。小説という形を借りているけれども、正にこのことが大神一族の、秘密の一端に触れる結果になった。大神一族は、架空の存在ではない。日本の古代国家が成立する以前、犬神氏は大神氏と呼ばれ、超能力者の集団として大和朝廷に恐れられていた。大和朝廷は天皇御一人が霊能者であったが、大神氏は一族全員が霊能者であった為である。だが、古代国家群が一つに統一され、強力な政権が出来あがると、大神氏は点を加えた犬神氏に落としめられて、蔑称される一族になった。以来、犬神一族は表から姿を隠したのである。犬神一族の神は狼である。狼を祭る神社で有名なのは秩父の三峰神社で、役行者が山伏の修験場とした。役行者として知られる役小角(えんのおづぬ)は古代随一の霊能者で、山伏の元祖である。山伏を国語辞典から引用すると、 (1)山野に野宿すること。(2)山野を歩き仏道を修業する僧。(3)修験者 となっている。日本の古代神道と渡来の密教が混交一体化した宗教で霊能者の集団として知られているが、山伏という漢字自体に秘密が隠され、山野を駆ける伏とは、人偏に犬、即ち犬神一族の末流をくむ者と思われる。狼を祭る民族は世界に散らばるが、狼(オオカミ)は大神(オオカミ)の具象化として崇めていたいたのが犬神一族である。修験道の開祖役小角は、「犬神家の一族」の犬神佐兵衛と同じく、その出生は謎に包まれている。推論を押し進めて言えば、役小角は犬神一族の頭領であったかも知れぬ。「自動書記」という言葉を発案したのは平井和正さんで、いま「魔界水滸伝」を執筆中の栗本薫さんも、この「自動書記」によって助けられることがあるという。「自動書記」とは、小説家が背後霊団や神によって啓示を受け、筆の書き進む状態だが、半村良さんも同様らしく、何がSF的といっても、これほどSF的なことはないと私に断言した。実は私自身、俳句を作る上で、よく吟行と言って、郊外や名所旧跡を見学しながら作句するのだが、自分が普段まったく使わない言葉、例えば「遊行(ゆぎょう)」とか「入寂(にゅうじゃく)」と言った仏教用語や、「ひたぶる」とか等の古語まで、勝手に口から飛び出して来る。例えばみちのくの月山を観ての作句だが、 月浄土ひたぶる山を遊行せり 春 樹 この様なことを、古来から「言霊(ことだま)」と言うのだが、「自動書記」も「言霊」と同じことを指している。横溝正史さんの「犬神家の一族」のモチーフも多分そうなのであろう。平井和正さんが、現在死力を尽くしてお書きになっている「幻魔大戦」は正にそうだし、そう言うことを気が付かずにお書きになった「ウルフガイ・シリーズ」も、又、然(しか)りなのだ。本編の主人公犬神明は、当人が“犬神”一族であることを“明”らかにしているのだ。 動物文学ともアニミズム小説とも呼ばれる「南総里見八犬伝」は、天保十二年(一八四一年)の完結までに滝沢馬琴が二十八年かけて書き上げた雄大な伝奇小説である。里見義実の娘伏姫と猛犬八房の間に生まれた仁・義・礼・智・忠・信・孝・悌の八徳をそなえる八犬士が活躍のすえ主家を再興する物語だが、この小説も作者滝沢馬琴が「自動書記」によって書き上げたように思われる。悲劇のヒロイン“伏”姫は勿論山伏と同様、犬神一族の霊統をひき、人にして犬、つまり、犬神明と同じく狼少女であり、猛犬八房は狼男である。そして、伏姫から生れた八人の犬士は、八人の狼少年ということなのだ。この小説には、「竜」「狸」「猫」「虎」等の様々な動物が登場し、いわば古代国家争乱の原形がここに書かれている。こうして見ると、「ウルフガイ・シリーズ」もまた、現代版の「里見八犬伝」と言えそうだ。犬神明の友人神明(じんあきら)は狼男だし、犬神明に恋する青鹿晶子は鹿人間、そして主人公を助ける林石隆(リンシールン)と娘虎4(フースー)、虎2(フーリャン)は虎人間である。大和朝廷成立以前、神と対話し、自然と物語り、動物達と共存して来た犬神一族は、正に神の如き存在だったが、その子孫犬神明の不幸は、野蛮な現代に生れてしまったことだ。 二年前、「悪霊島」の映画化にあたって、監督として参加した篠田正浩さんは、 「日本人には二つのタイプがあり、一つは先住民族の繩文人、そしてもう一つは、渡来民族の弥生人だ。江戸期に入って開花した歌舞伎と滝沢馬琴の南総里見八犬伝は、いわば繩文人のエネルギーの結晶だろう」 と初対面の時に私に語ったが、日本人を繩文人型と弥生人型に区別する考え方は一見乱暴に聞こえるが、実は私も全く同じ考えだっただけに正直言って驚いた。「南総里見八犬伝」が繩文人のエネルギーの結晶であるならば、「ウルフガイ・シリーズ」も平井和正さんの繩文人的エネルギーが開花した、伝奇小説の傑作と言えそうだ。 私は十八の時から、自分の読んだ本を全てチェックし記録に残している。そのノートによれば、平井さんの作品に初めて触れたのは、十年前の昭和四十七年八月十八日、本書の「狼の紋章」である。そして今、その解説を平井さんからの指名を受けて書くと言うのも正に奇(くし)き因縁と言わねばならない。その後、「悪夢のかたち」「アンドロイドお雪」「サイボーグ・ブルース」「悪徳学園」「メガロポリスの虎」と立て続けに読みふけっていった。 角川文庫版への初登場は、昭和四十九年八月三十日、「サイボーグ・ブルース」で、続いて同年九月三日に、「虎は暗闇より」が出版された。五十七年一月現在、文庫本の点数は三十一点七百十三万部にのぼっている。個人的に言って、私が一番心残りなのは、「狼のレクイエム」以後「ウルフガイ・シリーズ」がストップされてしまったことだ。青鹿晶子は一体どうなるんですか、平井さん。昭和五十年七月一日をもって、犬神明は突如われわれの前から消えてしまった。それこそ神隠しにあったみたいに。まさか、そのために「レクイエム」とつけたわけではないでしょうね。 初めて平井さんにお会いした時も、巷間伝え聞いた気難しい作家という印象は全くなかったが、七年前、私が社長に就任して間もない頃、一年ほどのインターバルがあってお話した時、変身したのではないかと思うほど、平井さんの性格が一変していたのには驚いた。Tさんという霊能者との出逢いが、平井さんの人生を大きく変えてしまった。平井さんと私には前生の因縁があるとTさんがおっしゃったが、彼女の言によれば、私はアトランティス時代の神官であり、その頃、平井さんと係りがあったという。そのせいかどうか、私は平井さんとお会いしていると話が実によくはずみ、不思議と気分が爽やかになる。五年前、私が野性号II世で、フィリピンのルソン島アパリから鹿児島を目ざして黒潮の航海に出発する時、Tさんからの伝言という形で平井さんからメッセージを受けとった。私はその言葉にショックを受け、その後幾度も幾度もそのことを噛みしめて出発した。そして、現実に、自分の生命を賭しての冒険に勝利を得た時、その言葉が正しく事実であることを体験したのだ。メッセージはただ一言、 「神、われと共に在り」 平井さんの「幻魔大戦」の中に、こんな文章がある。ヒロイン井沢郁江が無名塾の塾生松岡に向って、 「松岡クン、天命を信じたら? 使命があったら、死のうとしたって天が死なせてくれないもの」 「幻魔大戦」の主人公東丈は、「光のネットワーク」によって、天命を持つ者は神に護られていることを説く。人間は業(カルマ)よって宿命や運命が決っているかのように思われがちだが、実はそうではない。宿命や運命を超えるものが、天命である。天命を見つけた者は、肉体としての死に恐れをいだかない。私は、現代人には想像がつかないほどの死に幾度も直面して来たが、遂に死神に捕えられることなく、天命に導かれ、現在に至っている。平井さんの予言によれば、私と平井さんの結びつきはこれからだ。大長編「幻魔大戦」もさることながら、「ウルフガイ・シリーズ」の完結を読者の一人として待っています。
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