e文庫 林雅子
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ついにメジャーデビュー!
『神の手』望月諒子(集英社文庫)衝撃的に発売中!
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歴史に残る電子出版

大森 望(おおもり・のぞみ)
http://www.ltokyo.com/ohmori/

 いきなり自分の話ですみませんが、大森が小説新人賞の予備選考を担当するようになってからもう十年あまり。今も一年に二百から三百の原稿を読んでいるから、この間に目を通した原稿は、たぶん二千本を越える。
 さすがにこれだけ経験を重ねると、「黙って座ればぴたりとあたる」――とまではいかないにしろ、最終選考に残るレベルの作品(である可能性がある)かどうかは、冒頭の数ページを斜めに読んだだけでだいたい見当がつく。といっても、いきなり派手なシーンが連続するとか、突拍子もないキャラクターが登場するとか、そういうこととはとりあえず関係ない。なんでもない一節にも作者の才能は否応なく現れてしまうものだし、シナリオではない以上、プロットや設定以前にまず文章で楽しませるのが小説ってもんでしょ。
 この『神の手』に関して言えば、第一章の書き出しから、「お、これは……」と思わせる。視点人物は、「新文芸」編集長の三村幸造。長年にわたって文芸雑誌の副編集長をつとめてきた彼が編集長に昇格したのは一年半前のことだ。

 当然の人事ではあったが、本人には奇妙に醒めたものがあった。出世に欲がなかったわけではない。男であるから悪い気はしない。実際家族も喜んだ。昇進の夜、普段はすれ違いばかりの上の娘は、風呂上がりの濡れた髪のまま居間に顔を出して「おとうさん、おめでとう」と一言言って忙しそうに部屋に上がった。今年大学に入ったばかりの下の娘は新しい名刺を珍しそうに眺めながら「編集長の上は何?」と問うた。二人の娘が部屋に引き取った後、妻がテーブルに残された名刺を手に取って、「副って一文字が取れるだけでこんなにすがすがしいものかしら」とポツリと呟いたのは、子育てを始めとする家庭の些事に一切関わらなかった夫を持つ自分自身に対するねぎらいだったような気がした。(後略)
 とりたてて名文というわけではない。この短い一節から、主人公の家庭環境、性格から仕事ぶりまでくっきり浮かび上がってくるけれど、だから目を引くというものでもない。読者にリアリティを感じさせる一種の生活実感を、そこはかとないユーモア感覚(あるいはペーソス)をまじえて描き出す――そのスタイルに天性の作家的な資質がある。これがもし新人賞の応募原稿なら、A評価候補として、「あとでじっくり読む原稿の山」に積むところだ。
 実際、この第一印象がまちがっていなかったことは、小説を読み進むにつれて明らかになってくる。ミステリ系の新人賞でも、ホラー系の新人賞でも、応募すればほぼ確実に最終選考まで残るレベルの作品だろう。この小説のプロローグに出てくるような文壇パーティで受賞を祝福されてもおかしくない。
 それがなぜ、電子出版によるデビューという道を選んだのかはよくわからない。しかし、名も知らぬ新人作家の電子出版作品を購入してみようという酔狂な読者にとっては、むしろもっけのさいわいと言うべきか。驚くべき才能が初めて世に出た瞬間の、数少ない生き証人になれるのだから。

 ――といっても、これだけでは『神の手』がどういう小説なのかさっぱりわからないだろうから、もう少し詳しく説明する。
 主役は前述の文芸誌編集長、三村。ある日、広瀬と名乗る神戸在住の医師から、編集部に電話がかかってくる。いわく、広瀬が担当する患者・高岡真紀が、自分は小説家だと言い出した。三村に小説を見てもらっているそうだが、それは本当なのか?
 三村は、高岡真紀の名に聞き覚えがない。しかし、彼女が書いたという小説のタイトルを聞いた瞬間、三村は絶句する。「緑色の猿」。それは、かつて彼がよく知っていた作家志望の女性、来生恭子の作品名だったのである。
 電話の数日後、一通のぶあつい封筒が届く。差出人は高岡真紀。同封されていたワープロ打ちの原稿は、まちがいなく、来生恭子が八年前に書いた短編だった。いったいどういうことなのか?
 封筒の電話番号を頼りに神戸在住の高岡真紀と連絡をとった三村は、東京で本人と対面する。その見知らぬ女は、「来生恭子は自分のペンネームだ」と主張する。そして、十年前に三村がはじめて来生恭子と出会ったときと同じセリフ、同じしぐさを反復する。
 事情を探るため、神戸の広瀬医師を訪ねた三村は、真紀が恭子の人生を自分の人生として語り、恭子が話した言葉を自分の言葉として話していることを知る。
「小説を書くということは意識と無意識の留め金を外し、漂う言葉を拾うこと。そして、小説家っていうのは心の中に怪物を一匹飼うということ。その怪物を育てることにより作家に成りえ、その怪物に喰い尽くされて自殺する」
 それは、三村がはっきり記憶している恭子の言葉とそっくり同じだった。まるで、その来生さんが高岡さんにとり憑いたみたいですね、といぶかしげにいう広瀬。

 こうしたやりとりを通じて、来生恭子という女の姿がしだいにくっきりと浮かび上がってくる。高岡真紀の物語として語られる、来生恭子の物語。彼女は文字通り、書くことに憑かれた女性だった。一週間の休暇をとり、はじめて書き上げた千枚の原稿を持って神戸から上京し、大きな鞄にコピーを詰めて出版社に持ち込みをしてまわった女。この「持ち込み作戦」のディテールが、彼女の異様なまでの情熱を浮き彫りにする。真紀はどうしてこれほどまでに詳しく恭子の人生を知り得たのか……。
 視点人物の三村は、必ずしも「信頼できる語り手」ではない。三村と来生恭子のあいだになにがあったのか、それが三村の内面描写として地の文で書かれることはなく、秘められたいきさつは他の登場人物との会話から読者が推測するしかない。そうした構成のうまさも新人離れしている。
 しかも、このあたりまで読み進んでも、『神の手』がミステリとして収束するのか、それとも超自然的な現象を許容するホラーになるのか、読者には判断がつかない。消えた作家や幻の小説をモチーフにした作品は、ミステリでもホラーでもたくさん書かれているが、『神の手』は、そうした先行例のどれとも違う展開で、読者を鷲掴みにする。
 よくある文壇内幕物のサスペンスかと思いながら読み進むうち、いつのまにか迷宮に迷い込む感覚。来生恭子の小説として断片的に引用される作中作も異様な迫力に満ち、小説に強烈なリアリティを与えている。
 この作者を世に出したという意味で、『神の手』は歴史に残る電子出版となるのではないか――そんな気さえしてくる。オンライン出版によるデビューは、まだ一般に認知されているとは言いがたい。しかし、だからこそ、この小説をダウンロードして読むことで、歴史の証人となる特権を味わってほしい。


神の手[上]
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PDF版:652KB

神の手[上]
「小説を書くということは意識と無意識の留め金を外し、漂う言葉を拾うこと。作家は心の中に怪物を一匹飼っている。その怪物を育てることにより作家に成り得、その怪物に喰い尽くされて自殺する――自らの中に飼った怪物に喰い尽くされていく」
二年前に謎の失踪を遂げた作家志望の女性、来生恭子。その手掛かりは、彼女が残した厖大な作品群の中にあった……。
解説(大森 望)収録
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著者:林 雅子
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神の手[下]
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神の手[下]
「あなたは言語というものが存在すると思っているでしょ。でも本当はそんなものはないのよ」
数々の謎の言葉を残して失踪した来生恭子の行方を知る鍵は、誰が握るのか? 『神の手』完結篇!

著者:林 雅子
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